おーたんの日常(関西旅路編)

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zoom RSS 源氏物語の郷 宇治を訪ねて6 平等院1

<<   作成日時 : 2012/02/22 05:00   >>

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みなさん源氏物語ミュージアム 

お楽しみいただけましたでしょうか。^^


次はいよいよ、10円玉でみなさんご存知の

世界遺産 平等院をご案内しますね。

ここから15分程歩きますので、

しっかりついてきてくださいね。^^




平等院へは宇治川の中州にかかる橋を2つ渡り、向かいます。

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源氏物語ミュージアムのある岸から橋をわたり中州に入ると・・・

大きな記念碑が見えてきました。

さっそく見に行きます。


宇治川の先陣碑

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宇治川の先陣争いは平安時代末期の最も有名な逸話のひとつです。
1184年、後白河法皇から「木曽義仲(きそよしなか)追討」を命じ
られた源頼朝(みなもとのよりとも) が、弟の源義経(みなもとの
よしつね)軍をまず先発隊として出兵させました。
義経軍が宇治川に到着す ると、宇治橋は義仲軍により壊され
ていて、渡ることが出来ません。川の中を渡ろうにも、対岸に
は義仲軍が待ち構えていて矢を放ってきます。
そこで「我が先陣を切って川を渡る」と名乗り出たの が梶原
景季(かじわらかげすえ)と佐々木高綱(ささきたかつな)の二人
でした。
実はこの二人には遺恨があり、以前佐々木と梶原が頼朝
の白い名馬「生月(いけづき)」を欲しが っており、結局この
白馬生月は佐々木に与えられました。
梶原には黒い名馬「磨墨(するすみ)」が与 えられました。
それ以来二人の間には並々ならぬ競争心がわいていたの
です。
佐々木と梶原は宇治川に飛び込み、自分が先に対岸へ
渡ろうと意気込みます。
初めは磨墨に乗 った梶原が先を行っていました。
そこで佐々木が梶原に「梶原どの、この大事に馬の腹帯
が緩んで いるぞ」と親切を装い声をかけました。
それを聞いた梶原が腹帯を確認している隙に、
佐々木は先 に宇治川を渡りきり、見事に敵軍へ先陣を
果たしたのです。

この場面を頭の中で思い浮かべながら、
中州から対岸にかかる橋を渡ります。


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橋を渡るとすぐに平等院へ続く参道がありました。

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めざす平等院はもうすぐのところです。


源氏物語ミュージアムから歩くこと15分・・・

平等院門前に到着です。

みなさん お疲れ様でした。




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この先には10円玉の風景が広がっているはずです。

楽しみです。


7へ続く・・・

「宇治川 中州」





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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
佐々木氏の騙し作戦は武士としてあるまじき行為だと思いますが、当時はどう思われたのでしょう。騙した方が悪いとなったのでしょうか。今でも鎌倉の西方には梶原の地名が残っています。現在の十円玉の絵がみたいです。
ゴチ
2012/02/22 21:37
 おはようございます。

 いつの世の中にも、何をやっても勝てばよいという輩が・・・
 当時は、許されていたんでしょうね。
 今なら、そうはいかないと思うんですが・・・
 で、久々に「10円玉と同じ」という感動を・・・
 楽しみにしています。
まさむら
2012/02/23 05:19
ゴチさんへ
こんばんは^^
当時の武士の美徳はどうだったのでしょうね。
次回10円玉をご紹介しますのでもう少々お待ち下さいね。^^
おーたん
2012/02/25 19:05
まさむらさんへ
こんばんは^^
今でもそれが許されることが多いですから・・・当時もそうだったのでしょうね?
10円玉次回をお待ちくださいね。
おーたん
2012/02/25 19:06

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