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みなさんお元気ですか? お盆も過ぎ、少しは暑さも和らいでくるかな?っと思っていたのですが、 一向にこの様子もなく、毎日蒸し暑い日が続いています。 皆さまには夏バテしないように充分お気をつけくださいね。 さて、先日のお知らせのとおり、大阪に引っ越しをして、早3週間になりますが、 関東でもう少し皆さまにご紹介したいところが有りますので、しばらくは関東編を続けることにします。 今回は、大阪へ引っ越しが決まった事を聞いた、東京の友人M君と山梨の友人U君がそれは大変だということで、急遽、山梨まで関東編卒業旅行に招待してくれました。 山梨の魅力をたっぷり感じた旅になりましたので、皆さまにご紹介させていただきます。 ということで、もう少し関東編のお付き合いをいただけますように、 よろしくお願いいたします。 ![]() 東京の友人と合流し、中央高速道で山梨県に向かいます。 着いたのは山梨県韮崎市(甲府市の先、10q程のところです。) 釜無川に沿っての崖の地質景観が有名な場所です。 八ヶ岳火山韮崎岩屑流(やつがたけかざんがんせつりゅう) 甲府盆地を覆い尽くした巨大岩屑流を追って、甲府から国道20号線を北上して諏訪方面に向かうと、 韮崎から県境の白州町付近まで、釜無川の左岸に沿って高さ40〜150m余りにも達する切り立った崖が、 延々と続いています。 この崖はおよそ七里(約28q)にも及んでいるので,古くから七里岩と呼ばれて、 峡北地域を特徴づける代表的な地質的景観になっています。 ところで、皆さん!冒頭でJR甲府駅前の「武田信玄公像」の画像をご紹介しましたが、 どういう人物か?ご存知ですよね。 戦国時代に最強の騎馬軍団を率いた戦国大名ですが、 この武田氏ゆかりの地が、ここ韮崎というのはご存じでしたでしょうか? 釜無川の右岸に「武田の里」と呼ばれる地区があり、そこに武田氏所縁の神社が有るということですので、 早速行ってみたいと思います。 韮崎市中心部より車で約10分、「武田八幡宮」に到着しました。 武田八幡宮 当社は社記によると嵯峨天皇弘仁13年勅命によって、九州宇佐八幡をむかえ地神(武田武大神)と併祀して武田八幡宮と称したという。なお清和天皇の時、京都石清水八幡を社中に併祀し甲斐源氏の崇敬をあつめたが、鎌倉時代初期武田の荘に拠って武田氏を始めた信義に至りこの郷一帯を寄進して氏神とした後、戦国時代に武田信玄は現本殿を再建(天文10年)して、子勝頼滅亡の寸前同夫人が戦勝を祈念して訴えた切々たる願文は今に伝えられ武田家には深い関係を有する古社である。徳川氏治世後も広く敬信された神社である。 (案内板より) 鳥居の右手前に、石仏?石碑?が見えましたので、なんだろう?と思い近づいてみます。 一石百観音石像 武田八幡宮の神宮寺に、宝永6年に天下太平国家安全を祈願して造立されたものです。 その後、竜岩山玉保寺の境内に移されました。 玉保寺が廃寺となり、明治17年に信徒達によって現在の場所 (武田八幡宮石鳥居の手前約5メートル)に動座された経過があります。 高さ1.7メートルのほぼ三角形の板石に、頂点へ阿弥陀三尊の種子を印刻、その下部に西国・秩父・坂東の観音像百体を7段に配刻してあります。 (画像はクリックすると少し大きくなります。) 観音様に手を合わせ、道中の無事を祈願し、 旅を続けます・・・ 2へ続く・・・ 山梨情報 「武田八幡宮」 お知らせ 関西編移行企画「皆さまが見てみたい場所」を募集しています。 大阪(全域)・京都(市内・南部)・奈良(市内近隣)ですと、比較的行きやすいです。 もちろん、その他関西地区全域OKです。 是非、コメントにて教えてください。 ![]() |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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山梨県はそれほど遠くないはずなのに、恐らく一度もきちんと訪れたことのない県。 |
タヌ子 2010/08/22 07:57 |
タヌ子さんへ |
おーたん 2010/08/22 08:32 |
武田信玄というのはボクにとってはナゾの武将です。 |
G 2010/08/23 20:17 |
こんばんは。 |
まさむら 2010/08/23 22:02 |
Gさんへ |
おーたん 2010/08/24 07:59 |
まさむらさんへ |
おーたん 2010/08/24 08:03 |
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